タイタニア

先日、書店で、田中芳樹氏の「タイタニア」が平積みになっているのを見て、何か動きがあるのだろうかと思っていたら、どうやらアニメ化されたよう。
序盤で中断している未完の作品、それも16年も中断している作品を、さてどう料理するのだろう。
私は「タイタニア」が徳間ノベルズから出ていた頃から読んでいたが、確か当初は帯に「一年に一度は会える」と書いてあったと思う。
一年に一度とは何と遅延なことかと思ったが、考えが甘かった。まさかそれから20年近く過ぎても、未完であろうとは。
帯を書いたのは作者ではないとはいえ、しかしこれは詐欺まがいの行為ではなかろうか。
版元がそれを匂わせているならばなおのことだが、読者はシリーズ物を一定のペースで完結するとあらかじめ期待しているから購読するのであって、最初からこのように中途で放り出されると分かっていれば、いかに「銀河英雄伝説」の作者の作品とはいえ、手を出さなかっただろう人は多いのではないか。
長い作家生活を続けていれば、確かにままならぬこともあるもので、誰とても神ならぬ身であれば、こうして中断することがあるのもやむを得ないと言えなくもないが、問題はその頻度である。
田中芳樹氏にはこの種の放り投げている作品が異様に多い。
創竜伝」のように、再開するまで10年近く中断し、再開してからも既に5年近くも続刊がない作品もあるし、そもそも「創竜伝」は当初の伝奇アドベンチャーから政局与太話へと作品の性格をおおきくかえておきながらこの始末である。
田中芳樹氏の場合は、版元が移動している作品が多いのも特徴で、徳間書店角川書店などから、最近は講談社とその系列の光文社へと、シリーズごと移籍していることが多い。
これもかなり異例なことであって、読者の常識的な期待を裏切る行為である。
銀河英雄伝説」のように一応の完結を見ている作品はいいのだ。
銀河英雄伝説」は私が知っているだけでも、徳間ノベルズ版、徳間文庫版、徳間デュアル文庫版、創元社文庫版と異なるバージョン、版元から出ているが、それぞれで完結しているのだから読者が好きなバージョンを選べばいいまでのことだ。
しかし例えば「アルスラーン戦記」は角川文庫から出ていたのが絶版になり、光文社ノベルズから既刊をまとめて発刊したうえで続刊が出ているが、角川からの読者にとっては当然、版形を揃えられないという不利益を被っているのであり、こうした問題が田中芳樹氏のシリーズ物のほとんどで生じている。
それでも「アルスラーン戦記」は作者が同じ、続刊がでているからまだマシなのであって、当初、富士見ファンタジア文庫から出ていた「灼熱の竜騎兵」などは、スクウェアエックスへ版元を移動したうえで、「シェアードワールド」と称して自らは原案に退き、別の書き手に作品を継続させている。
しかも「灼熱の竜騎兵」がシェアードワールド化した時には、宣伝を打ち、新たな読者を囲い込もうとしたわりには、もう5年も続刊がないという体たらくである。
田中芳樹氏ほど、書き手として、ビジネスマンとしてのモラルにかける作家はちょっといない。
過去にも類例がない。
出版社に読者に対する責任感がかけらでもあるのであれば、おのずととるべき態度は固まるのではないか。
講談社もちょっとだらしがない。
もっとも、田中芳樹氏も講談社ノベルズから出ている「薬師寺諒子の事件簿」は比較的はやめに出版し、義理だてはしているようだが、これは作品の質自体がどうしようもない代物だ。
タイタニア」は徳間書店からスクウェアエニックスに一度、移籍して、そこから新版が発刊されているが、結局、続刊はなかったようだ。今回のアニメ化に伴い、講談社文庫から新版が出ているが、さて続刊はどうなるのやら(おそらくないのだろう)。
誤解があるのだが、田中芳樹氏は決して寡作な作家ではない。
国史に材をとった歴史小説も多く出しているし、出版点数で言えば、わりあい「勤勉」と評しても差し支えない作家だと思う。
氏の問題点は、寡作にあるのではなく、中断した作品が異常に多い点にあり、しかも中断した作品を手を変え品を変え新装出版し、そのたびに結局、完結できていないところにある。
厳密に言えば詐欺、穏やかに言ったところで「詐欺まがい」ではあり、今回、新たに出された講談社文庫版「タイタニア」を購読することは、結果的にこの詐欺商法を温存させることになるし、新しい読者は結局、続刊を期待しても得られぬことになるだろう。