It's very her

ヒラリー・クリントンが訪問先のアフリカでの対話集会で、「アフリカで増大する中国の影響力について、クリントン大統領の見解」を聞かれて、「私の意見なら言えるけど、夫の意見は彼に聞いてよ、代弁は出来ないわ。国務長官は私よ、彼じゃないわ」と拗ねたというニュースがあった。
彼女の個性が垣間見える話である。
通訳が間に入っての対話集会で、まず誤訳の可能性を考慮しなかったのはいったいどういうことなのだろう。実際、質問者は「オバマ大統領の見解、つまり合衆国政府の外交的見解」を聞きたかったようで、間に入った人の伝達ミスであるようだ。
いかにもありそうな話で、このいかにもありそうな可能性を考慮しないというのは、外交官、政治家としていかがなものであろうか。
テキストだけを見れば、仮に彼女が気分を害したとしても、それもむべなるかなと思えるものであっても、
「あなたのおっしゃっているのは、オバマ大統領の見解ですか?私の見解ですか?私の夫の見解ですか?」
と確認すれば誤解は解ける話である。
つまり彼女は見たいものを見たいようにしか見ず、真実を探る努力もしなかった、ということなのである。
いかにも彼女らしい話ではあるが、前政権における副大統領や国防長官を個性を思うに、そうしたキャラクターから生じるミスアンダースタンディングを回避する機能がアメリカの政治家に欠けているというしかない。