アメリカが失敗する理由

福島第一原発の事故で、子供の通学の安否を心配するアメリカ人の話(といっても、在日のアメリカ人ではなく、アメリカでの話) - グローバル・ダイアリー
バカはどこにでもいる、と言ってしまえばそうなんだけど、やっぱり、10人中1人がバカなのと、10人中5人がバカなのは全然違うと思うの。で、何について話すかにもよるのだけど、不特定多数の人たちと、政治経済や歴史、社会問題について議論している時に、アメリカ人が加わると「あーあ」って落胆することが多いのですよ。
バカのくせに黙っていられないで話をかき乱すんだろうなって思ってしまう。
例えば日本の戦争犯罪の話について中国人や韓国人と話す方がまだ穏やかで建設的な議論になりますよ。互いにこれは議論ですよっていう前提があれば。
アメリカ人>オーストラリア人>>>カナダ人>英国人>>>>>>>フランス人>ドイツ人>ロシア人>イラン人>>>韓国人>中国人
話の「通じなさ」の度合いで言えば個人的には上の印象。
アメリカ人は出来れば御免こうむりたい話し相手だけども、アメリカ人だけじゃなくて英語圏の人は多かれ少なかれそういう傾向がありますね。英語圏以外の人たちとはかなり突っ込んだやりとりをすることが出来る。
僕はこれは最初は語学の問題なのかなって思ったんですね。我々は英語でやりとりをしているわけだから。インド人とかアラブ人の英語はかなり無茶苦茶ですが、一般的に言って、非英語圏の人の英語の方が分かりやすいんですよ。シンプルに言ってくれるし、相手の語学力をおもんばかった表現をこころがけてくれることが多いですから。
中韓の人はですね、わりあい文法がしっかりしている英語を話す傾向があって、学校文法に慣れた日本人にはすごく分かり易いんですよ。
韓国人の友達に言われたもの。なんだかんだ言ってもやっぱり日本人と韓国人は世界の中で言えば「常識」が似ているんだよねって。韓国が嫌いな人には受け入れがたい見解かも知れませんが、僕もそう思うわけで。
もちろん同じではありませんよ。同じではないけど、なぜ違うのかは理解できる。その程度には似通っているわけです。
で、語学の問題なのかなって思わないでもなかったんですが、どうもそれ以前の話だと思うことが多々あったわけです。
論理的一貫性の問題や、常識レベルの知識の問題とかね。想像力の致命的な欠落とか。
僕はそれが主流性の特権なんだろうなって思ったんですが。
最近はどうかは知りませんが、ちょっと前までは英国では上流階級の人たちは学校の成績的にはおバカさんだったわけですよ。勉強する必要がないから。そんなことよりはインナーサークルでの社交性とかそういうことの方が大事であるのですね。
アメリカ人と言うか英語圏の人はやっぱり世界の中で特権階級ですよ。
都合の悪いことは黙殺すれば、それは「世界のメディア」の中で無かったことにされてしまう。自分のアイデンティティが絡むような議論において、知識を蓄える必然も論理的一貫性を保つ必然もないのです。そりゃまあ、あんなふうになってしまうのも無理からぬことだなあと。
CNN とか Fox News が大手マスコミの列に加わっているアメリカという国の人が、報道の自由とか正確性を云々すること自体、悪夢みたいなものなんですが、その悪夢性はやっぱり中の人には分からないのですね。
アメリカの知識人層は決して無知ではないのだけども、その基盤になる認知が、批判を受容する試練を経ていないことが多くて、諸々の解釈が「都合がよすぎる」ものだったり、見通しが「甘すぎる」ものだったりすることが多々あるなあと、思うことがしばしば。
で、また超大国ってのはですね、少々の損害があってもそれを損害と認知できないんですよ。大企業病みたいなもんですね。
たとえばアメリカ外交の権威と言われるブレジンスキーですが、彼なんか見通しをはずしっぱなしで、これまでどれだけ大きな損害をアメリカに与えてきたか分からないですよ。知識はさすがに豊富で論文もしっかりしていて弁もたつんですが、根本の認知能力が歪んでいるとしか僕としては思えない。一言で言うならば、残念ながら阿呆と言わざるをえない。
でも、アメリカは彼が与えた損失を吸収してしまうものだから、彼の危険性もまた「見えない」のです。そういうところはさすがに超大国ですよね。
阿呆も養えるから大企業だというのと同じです。

で、いろいろ書いたけれど、別にアメリカを揶揄したいわけじゃあないんです。三代目は唐様で売り家を書きますよねと当たり前の傾向を言っているに過ぎません。
人間がバカでいられる恵まれた国で、人間がバカにならないわけがないと言っているんです。
英語の世界に入るということはそういうことを理解するということだと思うんですよ。アメリカ人、バカスww と笑っていられるような特権階級では僕たちはないのですから。
そのバカ相手に、主張したり、理解してもらったりということを当然、英語で、出来ないと生きていけないですよ。