あの世のはなし

あの世について考えてみましょう。あの世のことを死後の世界とも言います。死後の世界というからには、死を境にして向こう側にある世界ということになります。つまり、あの世が存在するためには、少なくとも死が存在しなければならないということになります。
死が存在するためには生が必要です。
生が存在するためには、そうですね、生き物が生まれるということが必要になるわけです。生き物の起源はどれほど古くさかのぼるとしても、40億年前だと言われています。
それより前には生き物はいなかったのですから、生もなければ死もない、必然的にあの世もないということになります。輪廻転生といえば永遠に繰り返すイメージがあり、実際、宗教家もそう言っている人が多いのですが、永遠といってもたかだか40億年です。
いつか私たちの星は太陽に呑み込まれ、私たちの銀河はアンドロメダ銀河と衝突します。そこに至る前に、私たち地球の生命が全滅する可能性は非常に高いのですが、そうなったとして、それは私たちの終わりであると同時に、あの世の終わりでもあります。
そうしたはるかなる時のかなたの話はとりあえず置いて、この世のあの世、今現在、私たちが生きるこの人間社会に影のようにあの世が寄り添っているとしましょう。
手を叩いてみましょう。パンッだかパフッだか、まあなにかしら音がしましたよね。叩けば音がする。当たり前です。でも、その音とはなんでしょうか。空気の振動です。空気が振動するから音がするのです。空気が無ければ音はしません。宇宙空間の戦闘で大音響が鳴り響くのはガンダムだけです。
手を叩くことによって、何かしらのひずみが生じます。それが空気を伝って、音という情報になります。情報には、情報を乗せる器が必要なのですね。
霊が見えるという人がいます。本当に霊と言う物がいたらこれはものすごいことです。そうですよね?脳もないのに考えて、発声器官もないのにしゃべり、肉体もないのに存在する。すごいです。画期的です。ぜひ霊というものを見てみたいです。
霊が見えるという子がむかし私の学校にいました。ぜひ見せてほしいと思いました。私は神社で小便をしたり、たたみのへりを踏んだり、雛人形をゴミに出したり、祟られそうなことは数々やってきたのですが、残念ながら一度も見たことがありません。ずるいと思います。霊も、見たいと言っている人のところにまず表れるべきです。
「あなたの守護霊はすごく強くて、だから霊もうっかり手を出せないんだよ」
と、霊が見えるというその子は私に言いました。守護霊というのはなんですか、と聞いたら、私の祖先だといいます。武士の格好をしているそうです。うちは先祖代々、筑前国の百姓なのですが、きっとコスプレ好きな先祖がいたのでしょう。
「その人って、僕が子孫だから僕を守ってるの?」
「そうだよ。私たちはみんなご先祖に守られてるんだよ」
「ふうん。例えば、じゃあ、僕が兄弟を殺そうとしたら、守護霊はどっちに味方するのかな。どっちも子孫でしょ?」
残念ながら、お答えはいただけませんでした。
ミトコンドリアイブが守護霊についていたらどうするんでしょうね。
僕は広島の原爆で死んだ人たちのことを思い出しました。あの人たちの守護霊は一体何をしてたんでしょう。ちょっと無能過ぎない?かと思えば、守護霊は宝くじをあててくれたり、将来の結婚相手とめぐりあわせてくれたり、ものすごいこともしてくれるそうです。
すごいよね。
強力な守護霊がいたら、それって自然淘汰にものすごく強く影響するんじゃない?少なくとも誰でも守護霊が見えるくらいには進化しているはずなんだけどな。