ノーベル賞の国籍問題

ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士がアメリカ国籍であることから、氏を日本人とするのは間違いだという意見もあり、さて、日本人とはいったいなんなのだろうと考えた。
日本国籍者のことか、それとも大和民族のことか。あるいはその両方か。
Wikipedia国別のノーベル賞受賞者一覧を見ても、南部博士に留まらず、「何人なのか」という規定で揺れがある人は多数いるようだ。
思うに、研究者は一般人よりも国境をまたいで移動することが多いので、特にこの種の問題が生じているように思う。
個別に見ていけば個別の事情があるのだが、幾つかに分類できなくもない。幾人かを取り上げて、このアイデンティティの定義の問題の事情を見てみよう。


ウィリアム・バトラー・イェイツ
1923年に文学賞を受賞したイェイツはアイルランドを代表する詩人の一人だが、日本でも知られているこの人は英語文学の雄という印象はあっても、「アイルランド文学」という印象はないのではないか。この人がノーベル文学賞を受賞した年はアイルランド自由国の成立年だが、いまだアイルランド共和国の成立には至っておらず、果たしてこの人を何人と定義すべきなのか、疑問の余地が残る。


・サミュエル・ベケット
英国領時代のアイルランド出身の英語のネイティヴスピーカーで、フランスに在住してフランス語で創作をした劇作家である。1969年に文学賞を受賞しているが、実質的にはフランスの劇作家と見るのが一般的だが、国籍上はアイルランドになるよう。


ジョージ・バーナード・ショー
英領アイルランド出身のアイルランド系英国人劇作家。彼の場合は国籍は英国のままだったが、アイルランド色が強い人物ではある。


ジョン・ヒューム
1998年、北アイルランド和平合意に貢献し、平和賞を受賞。北アイルランド出身、在住なので国籍は英国になるが、アイルランドカトリックであり、むしろアイルランド人とみなすのが適切。


アルバート・マイケルソン
1907年に物理学賞を受賞したアメリカ人。彼の場合は受賞時点でアメリカ国籍なので、アメリカ人とみなすのが適切だが、元は移民である。アメリカに移民したノーベル賞受賞者は国籍の問題を考える上では3種類に分類されると思う。
第一に幼少時に移民し、教育のほとんどをアメリカで受けた、事実上のネイティヴに近いアメリカ人。マイケルソンの場合はこれにあたる。
第二に、成人後、ある程度のキャリアを築いて、自分の意思でアメリカに移住し、アメリカ国籍を取得後にノーベル賞を受賞したケース。南部博士などがこれに相当する。
第三に、ノーベル賞受賞後に移住したケース。アインシュタインは受賞時点ではスイス国籍だったので、ノーベル財団ではスイス人に分類されているが、ドイツ→スイス→ドイツ→アメリカと国籍が変遷した人だ。最終的な国籍はアメリカになる。
マイケルソンの場合は、プロイセン領の生まれで、国籍はアメリカとするとしても出身地をプロイセンとするのか、ドイツとするのか、現在はポーランドなのだからポーランドとするのかでも見解は分かれそうだ。


・カール・コリ
1947年に医学生理学賞を受賞したこのアメリカ人も移民だが、彼の場合は成人してからしばらくはオーストリア・ハンガリー帝国の国民であり、従軍もしている。オーストリアの場合は、帝国そのものが解体されたのだが、帝国時代にノーベル賞受賞者を輩出しており、その時代の人物を現在の基準から見てどこの国に所属させるのが適当なのかは難しい問題だろう。


マリー・キュリー
彼女は化学賞と物理学賞を受賞した。ポーランド人は彼女をポーランド人とみなしているが、彼女の出生時点でポーランドという国は存在しておらず、国籍は帰化したフランスになっている。