魂をぬかれる読書

本を読むことが取り立てて偉いとは思わないが、本を読まない人と会話することが僕にとっては苦痛であり、時間的な損失である。それはつまるところ、知的好奇心がないということだからだ。
ただ、これは良い悪いの問題ではなくて、違っている、というに過ぎない。僕の姉は、ほとんど、僕から見ればまったく、本を読まないがそれでも姉であるし、悪い人ではないと思う。ただ、話をすれば、身辺の話しかしないから、僕にとってはそれに付き合わされるのは苦痛だと言うだけのことだ。これは良いことでもあれば悪いことでもある。相対的に言えば、僕は身辺のことには関心がないし、僕にとってたぶん本当に大事な人たちにきちんと向き合えていない。はっきり言ってしまえばそれほどのウェイトを割いて、関心がないからだ。
子供がいればたぶん、ネグレクトしそうな気もする。
僕にとって読書とは、時に人間関係を犠牲にしてもそれに時間を費やしたい麻薬のようなものであった。こんな後ろめたい、ある意味、非人道的なことをやっていて、本を読んでいると偉いみたいに言われるのには激しく違和感がある。
どれだけ、と数を数えられないほど、多くの本を読んできたが、至福とも言えるほどその本にのめり込んだ本は稀で、まあ、夏休みでもあるし、みなさんに紹介してみたいと思うのである。10作品ね。題して、「魂をぬかれる読書」。有名なのもあるし、そうでもないのもあるけど。


1.「赤毛のアン」シリーズ 著:L.M.モンゴメリ
今、朝ドラでもやってるし、ちょうどいいんじゃない?僕が読んだのは新潮文庫で出ている村岡花子さん訳のものだけど。「赤毛のアン」単体なら、まあ普通に面白い小説やね、で終わりなんだけど、シリーズで言ったら10冊あるんですよ。最初から最後まで読んでいったら、アンが恋愛して結婚して子供産んで、子供も育って、ていう人生まるごと付き合えると言うか、それだけ濃厚に付き合ったらもう家族ですね、本の中の人たちだけど。
そういう経験をさせてくれる本って今はあんまりないでしょう?で、最後にだいどんでんがえしがあるわけだけど、ああ、20世紀ね、っていうかそこまで来たら歴史ですよね。ある種のオーラルヒストリーにどっぷりと浸かる経験って、楽しいですよ。


2.「ジャッカルの日」 著:F.フォーサイス
あら、また外人だわ。アルジェリア独立紛争のフランスのぐだぐだ感とか、その辺の知識は8割がた、ジャッカル経由ね。ドゴール大統領暗殺未遂計画を扱ってるんだけど、暗殺が失敗する理由の単純さとか、その辺が好きだわ。好き嫌いあると思うよ。フォーサイスって読みやすい文体じゃないし(一応、英語でも読んだことがあるんだけど)。でもこの辺の虚実ぎりぎりのところを描くのって、フォーサイスは名人芸ですよね。モームとかそういう系統に位置づけられるんじゃないかな。


3.「ケインとアベル」 著:J.アーチャー
うーん、また外人でした。アーチャーってうさんくさい奴よね。イギリス人のうさんくささをそのまま抽出したみたいな男よね。好きでもなければ嫌いでもないけれど、まあ、うさんくさいよね。でもそのうさんくささの中からこういう小説が生まれるんだから、イギリス人ってしぶといよね。ゴキブリか、クマムシか、イギリス人かってくらいだよね。「ケインとアベル」はホテル王と銀行家の生涯に及ぶバトルの話なんですが、アーチャーの小説は類型が全部同じ。この人、このパターンしか持ってないの。でもそれが全部面白いんですわ。この人自身、政治家だし、政治家っていうか100%政治屋だし、政治オタクでトリビアな話が面白いんだけど、徹底して、国民に対する義務感とかそういうの、この人の資質から抜けてるの。登場人物はそういうの持っているっていう設定になってるんだけどね、この人自身、責任感がないものだから、マーヴェルコミックのヒーローみたいに絵空事なの。それでもってその絵空事が面白いっていう、つか小説の話、全然してないけどね。


4.「大地」 著:P.バック
今度は外人は外人でも中国人や、って思ってたらよう考えたらアメリカ人女性やん。清朝末期から中華民国初期の中国の近代史をある家族を通して描いた大河ドラマやね。登場人物に一人として共感できないのに面白いっていう不思議な小説やね。バックはアメリカ人だけど、お父さんが宣教師だった関係で中国で育って中国語ペラペラなのね。だから中国のことを書いてもリアリティがあるし、適度に外部の目も持ってるから、俯瞰して描けたんでしょうね。こんな面白い小説でノーベル文学賞とっていいの?っていうような面白い小説です。


5.「1984年」 著:G.オーウェル
あれ、僕って日本の小説って読んでないのかなあ。ま、これは全体主義社会を描いた古典なんですが、何がすごいって、最後の「New Speak」の文法書ですよ。あれを見ていたら夏休み中つぶれますよ。言葉が世界を決定するということを、スリリングに描き出した小説ですよね。中国共産党とか今でもそうですよね。人民抑圧軍なのに人民解放軍とか。


6.「十二国記」 著:小野不由美
この小説は最初どの辺をターゲットにしてたんでしょうかね。内容的にはライトノベルなんですが、文章は硬い硬い。幸田露伴みたいな文体ですわ。硬め、じゃなくて硬いだからね。女性でここまで硬いのって珍しいかなって思います。ファンタジーって僕、基本的に嫌いなんですよ。世界観に論理がないから。十二国記の世界もある程度はそうなんだけど、材料を上手く扱っている方かな。ファンタジーに伴う欠陥ね、この作品でいえば日本から多くの漂泊者が流れ着いているはずなのに、十二国記の世界では、麒麟が空を飛ぶわけです。物理法則はどうなっているんだと気にならない不思議ね、ま、そういう根本的な欠陥をお約束として目をつぶるならば、作中の論理にのっとって整理された連作小説が並んでいるわけです。


7.「帝国の死角」 著:高木彬光
高木彬光って今読まれてないだろうな。たぶん知らない人の方が多いんじゃないかと思う。ま、でも、こういう傑作がね、忘れられていくっていうのは残念ですよね。第二次大戦中の日本の隠し資産である白金をめぐるヨーロッパの情勢を描いたサスペンス小説なんですが、最後に大どんでん返しがあります。


8.「反逆の星」 著:O.S.カード
カードって面白いなあって思ってたらたちまち面白い小説を書く作家ランキングの常連、それもベスト1位とか2位とかになっちゃって、一番有名な作品は「エンダーのゲーム」なのかしら。でも僕はこれが一番好き。反逆者として流刑星に知識人が送られて、それから何世代もたって、それぞれの子孫がそれぞれの専門分野を駆使して、生きているっていう世界。カードとしては習作的な意味合いが強い作品らしいんだけど、習作でこのレベルってどういうことよ。


9.「百万年の船」 著:P.アンダーソン
不老不死が好きですねぇ。好きなんですよ、「超人ロック」とか。ハインラインの「愛に時間を」とか。一人の人間が時代を越えていくってロマンですよね。これはまあそのものずばり、不老不死を扱った小説で、不老不死の人間が生きていくうえでどういう問題が発生するかを扱っているある種の生活小説ですね。


10.「コスモス」 著:C.セーガン
科学啓蒙書の古典ですよね。今となってはちょっと古い情報もあります(たとえばヘイケガニが人為淘汰の一例であると記述しているところなど)。まあでも、科学ってこんなに面白いんだってまんまと啓蒙されるにはうってつけの本ですね。