ヴェルサイユの菊

現在、NHKで人形劇が放送中の「三銃士」だが、あれに登場する王妃アンヌが、ルイ14世の母にあたる。
ブルボン朝創設以来、フランス王権はむしろ弱体化していて、ルイ14世は少年期にフロンドの乱で逃げ惑う屈辱を経験している。群雄割拠化する貴族の力をいかに矯めるかが、王権の重要課題だった。
それに対するルイ14世の政策が、フランス宮廷の強化と、貴族の宮廷廷臣化である。
ヴェルサイユ宮殿は王権のシンボルであると同時に、貴族たちを網羅した宮廷生活の舞台であって、エチケットとマナーでもって貴族を統制したのである。
これはつまり、漢初や明初に儒教典礼で皇帝たちが豪族の牙を抜こうとしたのと同様であって、メリットシステムを実態から虚像に移し変える、戦争遂行の能力ではなく社交の能力で人を評価する、そうすることによって中央統制を計ろうとしたわけである。
実は同様のことは一般企業でも、生じるのであり、ラインではなくスタッフが、製造や営業ではなく総務が力を持つようになれば、企業の安定期(=衰退期の始まり)である。
兵権を誰に与えるかではなく、誰に挨拶の声をかけるかどうかで、貴族を統制できるのだから安上がりである。


アメリカのゲーツ国防長官が自衛隊栄誉礼を固辞したというのも、この種の儀礼的メッセージである。
しかし儀礼的メッセージが通じるのは、儀礼的メッセージを受け取る相手がいればこそで、このことそのものの実質は、国防長官が自衛隊栄誉礼を固辞して何かデメリットが日本側にあるの?と言われれば何もないわけである。
ヴェルサイユの王権に右往左往するような真似は止めた方がいい。
それはただ、アメリカの虚像を強化するだけで、日米関係をそうした虚構の上に築くこと自体、同盟を危うくするからである。
今、日本がはっきりと示すべきなのは、バスチーユは既に陥落したことを提示することである。
問題になるのは、アメリカが何をするか、何が出来るのかであって、日米同盟に悪影響をもたらすというならば、その悪影響の現実がいったい何かを提示すべきであろう。
そのうえで、悪影響と知っていてアメリカが日本にハラスメントをするような真似が、現実的に可能なのかどうかを考慮すべきである。
レアルポリティークからかけ離れた言動をしているのは民主党ではなく、日米同盟重視派の人たちである。
オオカミが来るよ、だけでは、もはや信用されないのだ。