2016年アメリカ大統領選挙結果考
まず大前提とするべきなのは、今年が共和党にとっては奪還年にあたるということだ。第2次大戦後、民主・共和両党は基本的には規則正しく8年交代で政権を担当してきた。この流れが乱れたのはいずれもレーガン絡みで、1980年、民主党の再選年であるにもかかわらずカーターを破って共和党が政権を得たのと、1988年、民主党の奪還年であるにもかかわらず、激しく高まったレーガン人気の影響を受けて、レーガン政権下の副大統領であったブッシュ・シニアが当選した、この2回しかない。
今日、レーガンは国父扱いされているのだが、カーター政権の異常なまでの無能さとレーガンのカリスマがあってこそ、レーガンはルーチンを乱してホワイトハウスを獲得したのであり、普通の政権と普通の対立候補ならば、奪還年には奪還すべき政党が勝つ、それはよほどのことがなければ覆らない。
つまり、今年は共和党が普通の候補を出してくれば、ヒラリー・クリントンが勝つ見込みはまず無かったのだ。今回は結果としてトランプが勝ったけれども、得票数で競り負けているように、トランプは決して強い候補ではない。
私は以前、「トランプが共和党の候補になって一番喜んでいるのはヒラリーら民主党首脳陣」とブックマークコメントで書いたが、曲がりなりにも「ヒラリー優位」の構図が作り出せたのは、相手がトランプだったからである。そうでなければ、ヒラリーに対する拒否感情の大きさを思えば、ヒラリーには万に一つの勝利の可能性もなかった。
ヒラリー敗北の印象が強いが、実際にはポテンシャルに比してかなり善戦したのである。
トランプに対しても大きな拒絶があったのは確かだから、ヒラリーが勝つ見込みはかなり高かった。少なくとも予備選挙の段階ではそう考えられた。
私がこれは潮目が変わったと思ったのは、共和党の予備選挙で、有権者がかなり増えていたのを見た時だ。各候補ごとの得票比率にしか焦点があてられていないが、全体のパイが大きく膨らんでいたのだ。つまりこれはトランプが新しい支持層を開拓した、通常であれば選挙にはいかない層を掘り起こしたということであって、その人たちは当然、本選挙にも行くはずである。民主党の予備選挙ではそこまでの膨らみはなかった、つまりサンダースは、従来の若年有権者を支持層としてまとめたが、票田を新規開拓したわけではない。
トランプが勝つ見込みがかなり強まったと思ったが、それでもヒラリーが逃げ切れるのではないか、そう思いたかった。
後から見れば、もしヒラリーに勝機があったとすれば、サンダースを副大統領候補にすることだった。そうすれば少なくともサンダースの支持者を取りこぼすことはなかっただろう。ケインを副大統領候補に指名した結果、ヴァージニア州を得られたのだから(南部連合の首都州である!)それだけを見ればそこは正解だったように見えるが、その結果、ラストベルト諸州を落としてしまった。
民主党の絶対地盤は西海岸、首都ワシントン、イリノイ、ニューヨーク、マサチューセッツ、ニュージャージー、メリーランド、コネティカット、デラウェア、ロードアイランドである。ここはそれこそレーガン級のカリスマでも出ない限り、民主党が取りこぼすことは「絶対に」考えられない。これだけで185票。後85票を積み上げればいいわけだが、通常は民主党の地盤の、コロラド、ニューメキシコ、ミネソタ、ウィスコンシン、ペンシルベニア、ニューハンプシャー、ハワイを固めれば、オハイオ、ヴァージニア、フロリダ、アリゾナのいずれかを得れば勝つ。サンダースを副大統領にしていれば、防衛しなければならなかったラストベルト諸州で勝てる見込みが出ていたし、そうなればオハイオ、ヴァージニア、ノースカロライナでも勝てていた見込みがある。
そういう意味では、ヒラリーの敗因は、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアを落としたことだ。ヒラリーは守りの選挙をやるべきだったのを勝ちに行ったのが間違いだった。これに限らずヒラリーには絶望的なまでに、政治センスがない。この人は本質的には活動家であって、政治的な能力がとても低い。私は彼女を有能だと思ったことは一度もない。
彼女が長らく「アメリカ女性第一人者」の立場にあったため、もっとふさわしい適任者、例えばオルブライトやコンドリーザ・ライスらが、前に進めなかったのはアメリカ女性にとっては不幸なことだった。彼女は「ガラスの天井」を持ち出し、女性であるために地位を得られないかのように言うが、女性であることはある程度のスター性も保証することであって、諸外国、アジア諸国でも女性指導者は出現している。韓国やフィリピンが、アメリカよりも進歩的と言うことはあるまい。ヒラリーは女性でなければここまでは来れなかっただろう。
ヒラリーの敗北は彼女の退場を促すという意味では、この選挙戦で得られた唯一のポジティヴな結果である。