声優にとってのギフト

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大塚さんのご意見にあんまり納得できない。と言うか、読者の大半の解釈と、ここで言っている大塚さんの言っている「いい声に拘る」と言うことには違いがあるんじゃないかと感じる。

丹波哲郎は演技者としては「ずぼら」なことで知られていた。台詞を覚えてこない。と言うか覚えない。カンニングペーパーをかかげさせながら演技をする。

それでいて、出来上がったキャラクターは実に魅力的だった。どんな役をやらせても、画面が締まる役者だった。

丹波哲郎は演技論についてこう語っている。そもそも、キャスティングの時点で、キャラクターに合う人がキャスティングされているのだから、丹波哲郎のままでいることが、そのキャラクターの魅力を最大化させるのだ、と。

彼よりうまい役者や、精緻な演技論を語れる人はたくさんいただろうが、丹波哲郎ほど魅力的なキャラクターを作れた人はそうはいない。

大塚さんの言っているのは演技論である。

作品やキャラクターの魅力へのアプローチとしてはそれがすべてではない。

声優にしてもそもそも、声質が唯一無二で、それが合致するキャラクターと組み合わさった場合、この人以外は考えられない、と言う人たちがいる。上手い下手の話では無い。

大塚明夫さんもわりあい、声質に特徴がある声優さんだが、彼の持ち役のほとんどは、別に彼以外の人が演じても、そう遜色がないように感じる。ただ「ER~緊急救命室」のドクター・ベントン役は、役者のエリク・ラ・サルがわりあいかん高い声なのに対して、大塚さんは重低音の声なので、声質によって役に説得力が増している例だ。

これは演技のうまい下手とは別の話なのだが、要素としては確かに、声質が役に説得力を与える、と言うことは実際にある。

演技が下手だと言う意味ではなくて、演技力云々よりはその稀有の声質自体の方が、貴重な声優さんと言うのは確かにいる。

この、声質重視と言う点から言えば、世間的には演技力が高いとされている声優であっても「替えが利く」声優も多い。富山敬さんを始め、大ヴェテランですらそうだと私は思う。タイガーマスク富山敬であってももちろんいいのだが、絶対にそうでなければならない、と言う拘束性はそこにはない。古代進ヤン・ウェンリーも、他の声優がやってもそれなりの仕上がりにはなるだろう。富山さんほど上手いかどうかは別として。

一方で、例えば「キャンディキャンディ」でアンソニーの声を当てた時の井上和彦さんは、当時はまだ新人だったこともあってそう上手くはなかったのだが、まさしくアンソニーそのものの声だった。井上和彦さんがアンソニーを演じた以上、もう他の組み合わせは考えられない。

サイボーグ009」の009(島村ジョー)の声はいろんな声優さんがあてているのだが、やはりTVアニメ第二期の009が一番はまっているのは、井上和彦さんの演技力ゆえんではなくそのメローで哀愁に満ちた独特の声ゆえである。

これはもうギフテッドというしかなく、努力とかメソッドを越えたところにいる人たちである。

主にギャランティの問題で、ヴェテラン声優が使われにくい昨今、井上和彦さんに現役感があるのはこの「替えの利かない」声質があるからだろう。

この声質先行型の声優としては私が見る限りでは他に、池田昌子さん(「銀河鉄道999」のメーテル、「エースをねらえ!」のお蝶夫人)、藩恵子さん(「聖闘士星矢」のアテナ、「銀河英雄伝説」のアンネローゼ)、塩沢兼人さん(「機動戦士ガンダム」のマ・クベ、「銀河英雄伝説」のオーベルシュタイン)、堀川りょうさん(「銀河英雄伝説」のラインハルト、「聖闘士星矢」のアンドロメダ瞬)などがいる。

池田昌子さんなんかは特に、演技としても達者ではあるのだが、あの声がキャラクターにまるで宛描きをしているかのように圧倒的な説得力を与えている。

この意味で「声質は重要ではない」とは私はまったく思わなくて、若手で言えばこの抜きんでた声質を持っているのは、もう若手と言うのもあんまりだが、私が見る限りでは中村悠一さんと坂本真綾さんなのだが、そう言う「唯一無二」の声の人だけで声優業界が成り立って欲しいくらいである。

ただ、大塚さんが言っているのはこういう話では無いのだろうとも思う。

21世紀以後、キャラクターにあわせて「声を作る」声優さんが増えていて、それはそれですごい技量ではあるのだが、そんなヴォイスチェンジャーみたいなことをしてどうするんだと言う気もする。せっかくギフテッドであるのに、坂本真綾さんも声を作ることがあって、もったいないなと思う。

そう言うヴォイスチェンジャーみたいなことに力を入れるな、と言うことであるならばまったくその通りだと思うが、ただ、ギフテッドではない、声優技術のみがある声優さんにとっては、結果的にそれが生き残るすべになっているのも否定しがたい。だから頭ごなしに駄目だとは思わないが、声優にとって「七色の声」と言うのは決して誉め言葉ではないよ、とは思う。