英国における皇太子、皇太后

英国でも日本でもそうだが、そもそも皇太子とは何かと言えば、それは「次代において君主となる人」のことである。現君主よりも先に逝去しない限り、次代において君主となることが確定している人、それが皇太子なのだ。
明仁親王が産まれるまで、秩父宮殿下は皇位継承順位第一位だったけれども、明仁親王が生まれたことによって継承順位が繰り下がったことからも分かるように、次代において君主となることが確定していなかったわけであり、だからこそ皇太子ではなかったのだ。
その立場にある人を、Crown Prince と言う。Crown Prince は称号というよりは、立場の説明である。エリザベス女王の即位に伴い、チャールズ王子は自動的に Crown Prince となった。君主の子息である Crown Prince は、コーンウォール公爵位、公爵領を授与される。これは自動的なものである。
しかし、Prince of Wales は、君主から別途に授与される必要があり、チャールズ王子がウェールズ公となったのはそれから6年後のことである。
とある翻訳書を読んでいて、チャールズ王子はラジオ放送を通じて自分が皇太子に叙せられたと知ったとの記述があったが、これは英国皇太子=ウェールズ公という誤解から生じた誤訳である。
ウェールズ公は英国皇太子であるが、英国皇太子がウェールズ公とは限らない。
その時、チャールズが叙されたのはウェールズ公位であって、その称号がなくとも彼が皇太子であったことには変わりは無い。
それはともかくとして、皇太子が次代の王位が確定した人の立場・称号であることを踏まえれば、王女が皇太子となる余地は原則的には無いことが分かる。
ジョージ6世には長女エリザベス、次女マーガレットのふたりの王女がいて、エリザベスに王位が引き継がれることは事実上確定していたが、ジョージ6世が将来、息子をもうける理論的可能性は残されているわけである。従ってエリザベスの王位継承が確定しているとは言えないので、エリザベス女王は皇太子ではなかった。
しかし次のような場合はどうなるか、不明な点は多い。
例えば仮にチャールズ皇太子に娘がひとりいて、息子がいなかったとしよう。そして、チャールズ皇太子が女王よりも先に死ねば、チャールズ皇太子の娘は王女ではあるが、将来の王位継承が確定しているのである。
その場合はおそらく Crown Princess として処遇されるに違いないが、Princess of Wales には叙せられないだろう。なぜならば、Princess of Wales は女性皇太子の称号ではなく、ウェールズ公妃の称号だからである。


エリザベス皇太后と呼ばれたジョージ6世妃エリザベス・バウエス・ライオンは、エリザベス2世時代には Queen Mother と呼ばれた。Queen Mother が皇太后の意味なのかというとそうではなく、それは元王妃にして君主の母の意味である。皇太后としては、Queen Dowager という呼称があり、これは先王の妻、つまり前王妃の意味である。
エリザベス皇太后Queen Mother であり、Queen Dowager であったわけで、どちらで呼んでもいいのだが、このふたつの呼称が別人を指していた例もある。
19世紀初頭の英国王ウィリアム4世にはついに嫡出の子が育たず、実子の後継者を得ることが出来なかった。彼の後を継いだのは姪にあたるヴィクトリア女王である。
さて、ヴィクトリア女王が即位した時に、皇太后 Queen Dowager と呼ばれたのは、前王妃アデレードであって、ヴィクトリアの母のケント公妃ではなかった。ではケント公妃は Queen Mother かと言うと、彼女は王妃であった経験はないので、Queen's Mother ではあっても Queen Mother ではない。
エリザベス皇太后は「女王の母」であるから Queen Mother で何の問題もないのだが、では「王の母」は King Mother となるのだろうか。
基本的にはならない。Queen Mother は「女王の母」ではなく、君主の母を意味する称号だからである。
ただし King's Mother となればこれは文字通り「王の母」なのだからそのような言い方は成立し、実際、前例もある。ヘンリー7世の母のマーガレット・ボーフォート(初代ダービー伯爵夫人)は The Lady King's Mother と呼称されている。