参議院の役割についての議論を

日本は近代化以来、英国の政治体制をモデルとしてきたが、そのイギリスはブレア政権以後、ウェスミンスターモデルの大改革を行っていて、21世紀に向けた新しい国の形を着々と構築している。上院改革については従来から報道されてきたが、これは、三つの骨子から成っている。
第一に、上院の法案否決権をなくし、議決機関としての性格を失わせて純然たるチェック機関にしたこと。
第二に、世襲族議員の割合を定員の一割五分程度に縮小し、将来的には選挙で議員を選ぶ方向に向かわせたこと。
第三に、上院から最高裁としての機能を分離させ、別途に最高裁を設置したこと。
このうち最も重要なのは議決機関としての二院制を事実上廃止したことで、権力を下院に集約させることで、内閣を含む政府の安定化を狙っている。
この改革も重要なのだが、専門家以外にはほとんど知られていないけれども、非常に重要な改革としては、2010年、国王大権の解散権を否定したことが挙げられる。これは実際には首相の能動的な解散権、日本国憲法に沿った日本の政治学の用語で言えば、7条解散の否定である。日本国憲法の規定と同じく、英国では従来は解散権は国王大権のひとつとして国王が形式的に保持していたが、その行使を首相の助言に基づいて行うことから、実質的には首相が任意の時期に下院解散権を行使出来たのであった。英国の場合は形式的には国王は元首であるから、首相の要請が不当である場合は、解散権の行使要求を拒否できる、つまり議会が実際には活発に活動していて、政治的な手詰まりの状況ではない場合は、国王は首相の要請を拒否できるとの憲法解釈が定説であったのだが、実際には、そうなれば王権と政府が真っ向から対立することになり、20世紀になってからは国王が首相の要請を拒否した例はない。
2010年、保守党と自由民主党の連立政権は、この能動的解散権を否定する法律を成立させ、首相の自由な解散権を奪った。下院が解散される場合は、5年の任期満了以外には、内閣不信任が可決され、14日以内に新政権が樹立できない場合と、下院で3分の2以上の解散賛成の意思が示された場合のみとなった。
もちろん、イギリスの首相は同時に議会多数派の党首でもあるのだから、議会の与党議員に命じれば、わざと内閣不信任を可決させることは出来る。しかしその場合でも解散は出来ない。これは日本の政治用語で言えば69条解散に相当するが、ドイツではこの69条解散的な受動的な解散権を首相は持っているので(7条解散的な能動的な解散権は無い)、わざと与党が内閣不信任決議を行わせることがある。69条解散どころか7条解散の権限を持っている(と言うか素直に憲法を読めば本来は7条解散は憲法違反と言うべきなのだが)、日本の首相はこと解散権に関しては、先進国の中でも例外的に強大な権限を持っていると言っていい。
にも拘らず、首相権力が弱体であるかのように見えてしまうのは、一にも二にも参議院のせいである。
日本では参議院に法案を否決する権限があり、しかも民選であるから、頻繁に国政選挙があり、首相の責任が問われることになる。今月末の参議院選挙も、前回の総選挙からまだ一年もたっていない。
イギリスは下院に権力を集中させて、なおかつ首相から独立性を強めることで三権分立を担保する改革を行った。人類史上最も古い議会制民主主義国が、今もなお、よいよい制度を求めて、改革を怠っていないその姿勢を見習うべきだ。
権力は牽制されなければ暴走するし、集中しなければ仕事が出来ない。そのかねあいを求めて、一度まっさらな状態から、何が妥当で何がそうでないかを個々人が考え抜くべきではないだろうか。